気づきのクラス

何かを欲しがっている時の自分は落ち着きがなくて

ネットで色々調べてみたり、必要かどうかを天使に聞いたり、忙しい

実際買いに行くと

あれ、なんか欲しくない、いらないわ

と、欲しがっていた自我に【気づく】

 

欲しがっている自我を満足させるための行動ではなく

欲しがる自我を静める必要がある、と【気づける】と楽になる

流れが好転し、自由が戻ってくる

 

そして

何も必要としていない満たされた自分に戻ることが出来ると

ああ、こういう幸せが一番贅沢なんだなと【気づく】

欲しくない幸せ、何もいらない幸せ、満たされている幸せ

神様の愛に勝るものは、私にはないのだな と改めて自分に【気づける】

 

…というように

幸せになる、自分を知る、変容を促す…どの過程においても気づきはとても大切ですね。

 

明後日は「気づきのクラス」です。

毎回気づきへのアプローチが違うので単発参加でも十分に楽しい!と好評です。

なぜか笑いが尽きません ( *´艸`) 面白いですよね

気になる方はいらしてください。

※お部屋が605から312へ変更です。

 

ちなみに明日は「天使のクラス」ですね。

後お二人参加される方を天使がお待ちしています。

呼ばれている気はしてるのに、迷っていた…そんなあなたは是非いらしてください。

※お部屋が312から605へ変更です。

 

詳しくは → HPをご覧ください

 

 

 



笑える心

気分が優れない時でも笑えるとなんとかなりますね
私はお風呂にアイパッドを持って中川家を観ます。
何回観たネタでも
わははは!と笑える。
面白ネコ動画もかなり笑えます。


笑いは神様と言うけれど本当に凄いエネルギーだと思う
近頃は千鳥もいい
つい口調がノブに似てしまう
そうじゃねぇ!クセが凄い!とね

今年版の六花亭のコマーシャル
花〜花〜花〜花〜花♪ と赤白の大人が突然登場して踊り出した時は
少しムカついたけど
夫がそれを観て、朝から真似をして歌い踊り出した時は
コイツは凄いヤツ だと思った
そして「夕美 騙されたと思って歌ってごらん、踊りたくなるから」
と、お弁当を作ってる後ろで言ってきた。


本当かいな?そんなはずある訳がないっ!と言いつつ
歌い出したら
あらら!

花〜花〜花〜花♪

一歩ずつ足が前へ出て両手は空へ広がるじゃありませんかヽ(´∀`)ノ

ははは〜!アホだ〜!
なんで歌って踊ると笑えて幸せになれるのでしょうね。

どんな時でも笑えるあなたでいてください。
笑い飛ばし、笑いに替え
自分を笑える心を育ててください。

昔天使に言われたこと、
なかなか我が家は育っているのではなかろうか?
アホになれる幸せ
これも天使から学んだことなのです。

 


 



死を遠くにしない

今日は大阪地方で大きな地震がありました。

どんなに守られていると信じていても怖かったでしょうね

ご家族、ご親戚で被害にあわれた方もいらっしゃいますね

余震も出ているのでしょうか、心配ですね

安全に健やかでありますように 心からお祈りいたします。

 

この世で大きな事が起こるたびに

私たちは神様を急に引っ張り出し

泣いたり叫んだり祈ったりして急にしがみ付きますね

聖書を読んでいても本当に本当に長い歴史の中ずっと繰り返しています

 

どうしてこんなにも直ぐに私たちは忘れてしまうのでしょうね

生かされてること守られていること

また、どうして間違っていくのでしょうね

今まで生かされてきたことへの有り難さをすっ飛ばして

これからも生かしてくれるって言ったじゃない!!

これからも守ってくれるんじゃなかったの!!と

都合のいいように解釈して

 

思い通りにならないと悲しみ

思い通りにいくと喜び

欲という地獄へ堕ちていきますね

自分の小ささ、非力さを忘れずにいられれば

ああ、時が来ましたか

”今まで” 神様ありがとう

”今までずっと” ありがとう

 

死を忘れ(まだ死なないと思い込み) 今を軽んじてしまうより

死を近くに置くことで 今日を尊んで生きられる

密教においての考え方も素敵に思います

 

でも私たちは当たり前の奇跡に溺れ、幸せ過ぎて見失ってしまう

愛って何?と忘れてしまう

 

特別なことがない日常は、やはり

最高の愛をくださっているのだと思います。

神様に感謝します

ありがとうございます。

 

 

 



イエス様のクラス 本当の愛

今日は父の日でしたね

今朝、夢に父とゴーちゃんが出てきてくれました。

お父さんの写真の前にワインと干芋をお供えできました。

夢の中で父は干芋の作り方をなぜか?語っていて

大事なのは感触なんだよ、と力説していました。

 

そのお話を今日来てくれていたAさんにお話したら

オレンジ色の奇麗な干芋をカバンから取り出して

夕美さんこれあげる!って。

凄い偶然です。カバンに干芋が入っている確率ってそんなにないですよね〜!笑あはは! 

面白いですね。どうもありがとう

 

今日のイエス様の教室は第2章の最後の日

そんな感じがしました。

・笑える心を育ててください

・過ぎる をやめなさい

・無為 しない勇気を持ちなさい

・あなたの道を歩んでください

・楽な道ではなくても、楽しむことはできます

”あなたがして欲しい愛を行いなさい”

 

イエス様のクラスは「本当の愛に向かって」がテーマでした。

本当の愛って、イメージと違うものですね。

大袈裟なものや派手で目立つものではなく、見えないほどさり気なく

うっかりしてると気づけないほど静かでずっと後ろにあるようなもの

当たり前すぎて見逃してしまうような 空気のように静かでとっても大切なもの

無制限で無条件で、しかも必ず与えてくれる

失って始めて明らかになるような

大変さりげないもの

 

自分の本質を生きることで自然と溢れてくるもの

 

 

愛しい存在との密度の濃い豊かなクラスに感謝しています。

あなたが大切です。あなたが大好きです。

どうか幸せを選んでください。今に戻っていてください。

あなたは大変愛されています。堂々と自分の道を歩いてくださいね。

 

9月からまた別の形でスタートします。

あなたの涙があなたを光へ導きますように 幸せを祈っています!!

 

 

 



物に頼らない

物に頼らない

その教えの流れで、資料に頼らない

も、今は大切にしている

 

誰かに沢山の思いが溢れてくるとき、今までの私はつい

何かプレゼントしたくて、物を探しに行ったりしていた

思いついたものを買いに行って、贈りたくて

でも天使に教わり

“物に頼らない” を実践中だ

 

教室の内容を事前にチャネリングして資料にするのだけど

以前の私はやはりどこか気合が入って

せっかく来てくださるのだから、家に帰った時に何を学んだのだったかな?と

思い出せるような”資料”にしたく思っていた

でも、文章を打ち込んでいき、必要なことだけを残してくださいと頼むと

ほぼ4割はカットされる

 

”補足ではなく、余白を入れる” と。

”満杯に埋めるのではなく、スペースを残すのだ” と。

そしてその余白は、その人の自由な感情やエネルギーを宿せる場所なのだ と。

 

資料に頼らないで より軽やかなものへ進化することを願っています

 

”物に頼らない” の教えを掘っていくと

私は最高のものを届けてはいなかったのではないかな?という思いに辿りついた

私が贈っていたのは、今の自分が出来る最高ではなく

値段を計算してみたり、相手の負担を考えてみたり、バランスや関係性を考えてみたり…

結果、取引のようなエネルギーになっていた。 

 

”贈り物はあなたにとっての最高のものを!”

 

あなたにとっての最高のものは? と問われると

 

私の最高は 信仰心です

神様を愛する素晴らしさです

それを届けられれば、何より最高に幸せです!

 

 

 

 

 

 

 



雑な食事

元々夫とは食べ物が違って(夫はお肉も食べます)

夫用の食事と自分用(私は菜食)を作っていたように思うのだけど

いつの間にか夫が食べるポテトチップスとかインスタントラーメンとかに憧れて

一口頂戴とか、それって美味しいの?と欲しがって

欲深い思いがこんなにも体重を増やしてしまったのか…?

 

それはさておき

 

近頃一人で食事を摂ることがほとんどで

一緒に食事が出来るのは週に一度、あるかないか?

 

その影響はとても大きく表れて…

自分用に作る料理のなんと雑な!こと

手の込まない簡単なものばかり

そのせいで

食べ方まで雑になった気がする

 

天使たちは時々食べ物に関してメッセージをくれるのだけど

一番多いメッセージは

食べる環境 食べる空間への配慮 の気がする

 

自分一人で食べる私の食事は

どこか寂しく暗く「楽しくない!」

時間や手間をかけずにさっと作られた食事は、見事にさっと食べ終わり

これじゃダメなんだよな、と思うのに適当になっている

そのうち、何が食べたいの?と自分に聞いても分からない…

 

こないだ夫に全く違うことでブチ切れた時

私の声が言ったのは

「なんでこんなに雑に扱われなきゃならないの!」だった。

 

見事だ

自分を雑に扱っている思いが投影されて

心配りが少し出来なくなる程、忙しい状況を神様は夫に与えてくれたのだね

 

”自分を大切にしてね” 

 

天使はよく言ってくれます

そうだよね 

自分を大事に!大事にしたいです!!

 

 

 

今日も素晴らしい一日をお過ごしください。

 

 

 

 



愚かさを知れる祝福

自分の弱さを知っている人は、強い

それと似たようなことで

自分の愚かさを知っている人は、清められ

自分の無力さを知っている人は、謙虚さを知る

と、思うのです。

 

自分を振り返ってみても

自分の弱さを知らないうちは、完璧主義に陥り強がってばかり

自分の弱さを認められないのです

自分の愚かさに気づけないうちは、正しさを振りかざし人を責め

自分の無様な行いに気が付けないのです

自分の無力さに気づけないうちは、強欲で横柄でした

いったい誰と比べて力があると思い込もうとしていたのでしょうね

 

それらを経て気が付いたこと

人(人間)と比べているうちは 

力があると錯覚できるのかもしれません

 

でも、自分を神様の前に置いてみたら

状況は一変します

 

どんな時も、神様の前に自分を置いてみたら

朝が来るのはなぜ?呼吸が出来るのはなぜ?今日も食べ物があるのはなぜ?

家族が居てくれるのはなぜ?元気に働けるのはなぜ?考えたり感じたり学べるのはなぜ?…

どの瞬間も自分を神様の前に置いてみたら

自分がどんなに、弱く小さなものかに気づけます

自分の愚かしい行いや思いが過去にどれほどあったか、心の中や頭の中まで神様はお見通しです

神様の前、自然の前では、人間の自分の非力さを身をもって知っています

 

教室や講座を行う中で思うことは

真面目に正しく頑張って生きてきた方たちが「行き詰ってしまう」点が共通していることです

愚かなことはしていない、間違ってはいないはず、自分は正しいのだ、と…

そんなあなたに天使は投げかけます

”愛は正しさをこえる”と

それは”愛の様なもの”ではないですか?と

するとあなたはそんなことは「分からない」と閉じてしまうのです

 

あなたは誰と比べて、自分の優位性を保とうとしているのですか?

誰と比べて正当性にしがみ付いているのですか?

天使や神様は知っています

正直に向き合いなさいと促します

 

神様と自分を比べてごらんなさい、と

 

生きてきたすべての人に愚かさがあり

それに気づけた先の喜びと祝福を味わっていないから、怖がり見ようとしないだけなのだと思います

 

現に私はある日突然に気づきました

雷に打たれたように強烈に、今までの私の人生においての

非道さ、愚かさ、罪深さ、狡猾さ、まさに醜さを知れました。

今すぐ私を殺してください!この世で最も汚れた愚かな人間は私でした!!

そう悟った時

雪崩のように何かが崩れ落ち、部屋中に響き渡る大声で泣き

許してください!!許してください!!と叫びました

自分の愚かさを走馬灯のように見せられ、分かったのです

こんなに汚く愚かな「私」に気づけないまま、私は長いこと生きてきた

その悲しいほど愚かな私を

神様は何十年も守り、許し、愛し、待っていてくださった…

愛とはこのようなものなのだ

今までの私の全てが、自分に都合の良い「愛の様なものだった」と。

 

浄化していくことが最も愛を増やす方法だと教わっています

汚れに気づけたら、それは幸いです、とても大きな祝福です

 

自分を見つめるのは酷な行為ですが、非常に大切で基本的な行いに思います

あなたの気付きが今日も訪れますように

 

 

 

 

 



嫌な事こそ

私は家事の中で食器洗いが嫌いです。

だからつい、グダグダとして

「ああ、ばあや(お手伝いさんの様な存在)がいてくれたらな〜」とか

夫に「お布団敷くのと食器洗うのどっちがいい?」なんて聞いてみたりして

先延ばし先延ばしにして腰が上がらない。

 

そんな時天使さんは言うんだ。

”ゆっくりでいいんだよ ゆっくりやってごらん” って。

 

しぶしぶ立ち上がり、ゴム手袋を履き

は〜い、ゆっくりですね と意識して

ゆっくり、ゆっくり洗い出す スピードを上げようとする私を意識してゆっくり洗う

すると、そうか、私はせっかちなんだな

早く片付けて、やらなきゃいけないと決めつけていたそれらから逃れたくて

「急いで」やってしまおう、と力むから、やりたくないよ〜と出てくるのか…と

ゆっくり洗っているうちに浄化されていきます。

 

自分にとって嫌なこと、面倒なこと、大変そうだな〜と後回しにしそうなことは

特に

さて、ゆっくりやりますか、と明け渡すと

意外に難なく気持ちよく行える

 

歩きたくないな〜と思うほど疲れた時も

”ゆっくりでいいんだよ” ”ゆっくり歩いてごらん” そう言われると

やっぱり私は早く家に着きたくて、ただ急いでいたんだな〜とか

目的地に着く(しようとする)ことだけが大切になって

歩いている「今」から抜け出ていたんだな、と気が付ける。

 

やってしまおう!と頭ごなしに【作業】で終わらせてしまうより

ゆっくりと行い【感じる】ことで気づきのヒントをくれている

 

”嫌なことこそ ゆっくりと”

 

天使さんいつもありがとう

みなさまいつもありがとう

 

 

 

 

 



欲しいのはスペースなのに

スペースが空けられない

洋服の処分はこんなに簡単にできるのに

本棚がもう満杯で溢れているのに

手放せない

 

若い頃は欲ばかりで

お金はやっぱり一番大事

人は信用できないからね

稼いで稼いで何かしらで有名になって

ステータス、ブランドもの、本革、海外旅行…

色んなこの世の欲が私を元気にもしてくれたし、大変な気持ちにもしてくれた

靴は高い良い靴を、バックやお財布にも高級感を

色々色々考えて一生懸命だった

 

この世の欲から虚しさを学び、必要なものは年々減っている

物が増えると窮屈でイライラして来やすい

洋服ダンスにも、キッチン周りにも、靴箱にも、押し入れにも

空いたスペースが欲しくなる

 

忙しくなり自分から離れ夢中になりすぎると

気づけば物で一杯だ

洗濯物も溜まると嫌だし 三角コーナーも溜ってるのは嫌だ 

掃除機のフィルターも詰まると嫌だし

ゴミを出しそびれたら…ド〜ンと重くなる

冷凍庫が埋まっていくと不安になるし 着ない服が陣取っているのもあらら〜と悲しい

 

今朝突然片付けが始まって…

どうして本だけは何度見直しても数冊しか手放せないのだろう

私は何を怖がっているのだろう

何にしがみ付いているのだろう

未練、執着が私の中にまだこんなに残っている

 

本棚が満杯で置ききれなくて溢れている

知識で武装したいのか 記憶を本で残したいのか…

 

ヨガの聖者の教えの中に

本は1冊〜2冊まで

という教えがある

 

大切なことはどの聖典を学んでみても同じことをあらゆる言葉で綴られている

だから、本は1冊で十分なのだろうな

欲張りな、怖がりな、愛着や執着を持った私が未だ存在している

どんなことも、どんなものを、有り難く手放せるようになりたい

 

 

 

神様こんなにも溢れるほどの恵みをいつもいつもありがとうございます

必要なくなった私の全てを手放していけますように

空っぽのスペースを増やしていけますように

私はあなたのものなのに、私の欲しがるもので未だ埋め尽くされています

どうか私の未練や執着を断ち切ってください

そしてあなたへの感謝で埋め尽くしてください

愛しています愛しています愛しています

 

 

 

 

 

 



空けておく

期待を無くす、予測をしない
これを元に計画しない生き方を実践するようになって、何年か経ちます。
今は大分慣れて昔の私とちがうなぁと実感出来るほど。。。

今日も夫のお休みが急遽決まって
テレビの県民ショーでやっていた
小樽のあんかけ焼きそばを食べに行きましょうか☆と思い立ちました。
なかなかのお味のお店
地元の人でなんとも暖かな雰囲気
その後、前々から気になっていた喫茶コロンビアがなんと目の前!
マロンケーキと、チョコレートパフェが最高でした。

さて、帰りましょうか?とコンビニに立ち寄り
あれ?お隣、似鳥美術館だわ
思いがけず
見応えのある展示、ステンドグラス、アール・ヌーヴォー

何にも期待してない今日だったのに
思いがけず、こんなに豊かな時間を神様に頂きました。
海が綺麗で、心地よい温度で、すべて美味しく、美しく
いつのまにか…
あんなに必要としていた"自然"は
心癒された私には薄味になり
生きて生きて生き抜いた"人間"が生み出した芸術が
ジーンと染みる私へと切り替わっていました。

対象物を通して、今の自分を感じることも
素敵なことだなぁと有り難く思えました。

空けておくと許されたその最適な時に
神様はすっぽりと最高な時間を埋めてくれるのですね。
感謝します。



黄色のミカエルが新鮮に感じました。
ありがとうございます。



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