頼まれごと

Hさんに、ある日
「そうだ!Hさん、お願いがあります!」
と、声をかけました。
すると、
「はい 喜んで!」
と、お応えになりました。

「〇〇をお願いできますか?」
「はい、とっても嬉しいです。」

その途端二人とも 鳥肌が立ちました。

頼まれごと
素直さ
神様からの依頼
従順

気持ちのいい波動に感動し
尊敬し
見習いたいと
胸に刻みました。


あの様に従順であれますように
いつでも
どんなことでも
神に向かって
はい、喜んで!
と応えていきたいです。





あなたに備わった愛の質

同胞を愛しなさい
と、イエス様はよく仰る

私はちっとも愛せないんだよなぁ と自責の念に駆られる

あなたが人にして欲しいことをしなさい
と仰る

うん? 私が人にして欲しいこと?
自問してみた

そしたら、 ああ、私は愛せないんだ、と決め付けていた間違いに気づいた

私のして欲しいこと= 私の愛は

・放っておいて欲しい
・集中させて欲しい→ 邪魔しないで欲しい
・ニコニコ怒らないで許して欲しい
・ご機嫌でいて欲しい
・自立していて欲しい
・神を愛していて欲しい

この様なことだった。

自我がイメージで思い描く愛の様なもの
優しさとか
思いやりとか
親切とか
暖かさとか…
なんというかこの世の常識的なそれらは
一切出てこなかった。

と、いうことは
私の愛とは
放っておくこと
邪魔しないこと
ニコニコ怒らないで許すこと
自立していること
そして
神を愛していることが
私の愛の質
同胞を愛する時の行為、なのだなぁ

頭の愛と
心の愛は本当に違う

あなたの愛はどんな愛ですか?
神があなたに与えた愛の質

あなたが人にして欲しいこと

きっと
みんな違う筈




神のもの 一日の始まりに

いらないのです
私は

私の思いなど いらないのです
私の考えも
私としては、そういうのも

起きたら捧げます

神よ
今日も私はあなたのものです
あなただけを見つめて
生きていたいのです
あなたを讃えるためだけに生きられますように
あなたを愛するためだけに生きられますように
神の御心と私の意思が完全に一致しますように

神様への愛だけで私のすべてが満ちていられれば
そこは至福 天国なのです

入れたくないのです
なかに入れたくないのです
神だけで満ちていたいのです


それでも
肉体を任されて
地上に降ろされて
まだ生かされているのです

あなたの水路とあれます様に
ろ過してください
私を清め
私など捨てさせてください
脱ぎ捨て、取り去り、剥ぎ取ってください

私はあなたのもの
名前もない
ただ生かされているあなたのものです





時の恩恵

このまま忘れ去られて生きていけたら
どんなに幸せだろう
誰からも気に留められず
静かに静かに
深ーく深ーく
飲み込まれて行けたら
どんなに幸せだろう

そこに光がさして呼び止められる
風が吹いて方向を変えられる
そして流れに従っていく

堂々とこもっていて良い日々
恵みの時
愛が降り注いで 愛に飲まれて 愛に溶けて

でも
重さに引き戻される
それでも
この時を味わう前の私はもういない
あの時を経てここへ戻った私は
あの時を知らずの私とは
違う

愛が 源が 創造主が
主によって
変えてくださった

新たな水路に
新鮮な水路に
真新しい水路に

あなたに神の愛が今日も届きますように



あなたが下さるものなら

私はどんなこと(気持ち)でも

あなたが下さるものなら

喜んで受け取ります

痛みも

苦しみも

悲しみも

怒りでも

嫉妬心 猜疑心 なんでも

あなたが下さるものでしたら どんなものでも

受け取ります

あなたは神 私以上に私を知り愛してくださっている

あなたが下さるものなら どんなものでも

 

しかし

私の自我が作り出すものは何一つ 受け取りたくはありません

私の自我が生み出すものは何一つ 取り入れたくはないのです

たとえそれが

喜びに思えたとしても

自我の欲を満たす自己満足 利己的な安心 慢心や驕り 自信過剰や敵対心

自我が生み出す妄想 想像 予測 計画 そこから発生する不要な恐れ 緊張 自己憐憫…

無駄なのです

 

何一つ受け取りたくはありません

 

私の自我とは

大気に放り出された風船のよう

風船が割れてしまえば

私はすべてと一つになれる

私という風船の枠が不要なのです

すべての一部が帰る場所

本来の私たちなのです

 

あなたは内的世界の住人ですか?

外的世界の住人ですか?

 

私は内的世界で今も生きています

 

 



植物の様に

2月末、名古屋、伊勢へと行って来ました。
特に目的があった訳ではなく
でも
その時に旅行に行きますょ
と、もらっていて
お仕事だけは空けておきました。

行ってみてよーく分かった事

植物の様に
与えてもらえるものを
まんま
受け取るだけで
私たちは完璧に育っていける!
という実感でした。

目の前に来てくれる人を受け取り、感じていく
すると色んな自分が見えて来る
目の前に届く状態を受け取り、感じでいく
すると知らなかった自分が見えて来る
目の前で行われていく時を、受け取り感じいく、知りたくなかった自分と出会うこともある

目の前に届くあらゆるすべて
それをただ、拒まず、背を向けず、胸を開いて正面から受け入れる

感じたくない 部分 の自分
感じられて嬉しい 部分 の自分
目の前に届くそれらだけで
しようとする必要もない
やろう!と意気込む必要もない
受け取るだけで

誰とでも
どこへでも
神が与えてくれるすべてが
私を見事なまでの完璧な配慮で育んでくださる。

心があれば
神への信頼があれば
どんな旅でもパーフェクトだ。

人生そのものが
宇宙から送られた魂の旅
完璧なタイムスケジュールで進んでいる


木を見ていたら
もう小さな芽が

何が届いても
あなたはそこで愛されている
雪も恵み
光も恵み
雨も
風も
通り過ぎる人々もすべて
神の恵み

ああ、植物はこんなにも神を信頼している
そしてきっと今年も美しい花を咲かせる



私は神のものです 神だけのものです

神を讃えるために今日を生きることができますように

神に捧げるためだけに今日を過ごすことができますように

 

私が見つかりますように

私を見つけられて

必要のないすべての私を捨てていくことができますように

 

自分について行かないで

自分を見つけられますように

 

どうか私の守護天使さん

私を見張っていてください

古い私が出てきてもその衣をまとわないように教えてください

 

それだよ

そのあなたがもういらないのだよ

と、気づかせてください

過去の私が出てきたら

二度とその衣を着ないように

どうか教えてください

 

私は神のものです

神だけに従います

私は神のものです

神の御心のままに今日を生きることができますように

 

 

 

 

 

 



会いたい人

朝起きて
ああ、今日も仕事だ 嬉しいなぁと
思える幸せ

ああ、今日はあの人と会える 嬉しいなぁと
喜べる幸せ

ああ!明日はお話会だ! やった!
と楽しみに思える幸せ

前職の私は逆だ
ああ、今日も仕事かぁ 嫌だなぁ
ああ、今日はあの人に会わなくてはならないのか きついなぁ
ああ、今日はあの日か 逃げ出したいなぁ

何かになりたくて
この仕事に辿り着いた訳ではない

ただ
神様の為だけに生きたい と決めた日があって
ただ 
人が生きる、死ぬ以上に大切なことなんてあるのか? と立ち止まった日があって
ただ 
どうか私をお使いください と祈った日々が続いてきただけ

幸せになりたかった訳でもない
肩書きが欲しかった訳でもない
何が嫌で何がいいと要求した訳でもない

反対に
なんでもいいのです と思えて
どこでもいいのです と託して
どんな役でもいいので! と明け渡したら

毎日が
こんなにも
幸せで ありがたい

会いたい人に会えるのが、幸せ
会いたくない人に会わなくてはならないのが、不幸
って昔誰かが言ってたのを思い出すほど

私は毎日会いたい人に会い続けている

あなたと過ごせる時間が
とても嬉しく幸せです

いつも遠くから
天候がどんなでも
気持ちが乗らなくても
落ち込み苦しい中
会ってくださって
本当にどうもありがとう

今日も今
会いたい人を待ちながら

皆さんへ
感謝を込めて





コンプレックス

世の中で、今年の一字は何ですか?などのやり取りがあるから
私の一字はなんだろう?と考えてみた。

自分では教室を行い、マンツーマン教室は特にマメに行って来ましたので
「教」という字かな?なーんて
イエス様はなんと仰るだろうと思い聞いてみました。

すると
いいえ、違います
「声」です と

“あなたは私の声になる”

そう、以前言われていたのを思い出し
納得の気持ちと、 嬉しい気持ちと。


確かに今年は喉のケアを意識したり
伝えるということから多くの精神的学びを得たり
無意識のものが意識化された日々に思えます。

何より長い年月コンプレックスだった
私の声が
ここに来てとても大切なものとなっている

潜在能力がほんの少し引き出された様な。


私たちには気付いていない
眠っている、 使い方のまだ知らない
素晴らしい才能が  沢山沢山宿っている

可能性はいつも私たちの中にある
あまりに近過ぎて 
こんなもの、と思い込んでいるのかも知れない

私たちは神の子です
煌めきが宿っています
見つけて
見つけて
見つけたい





罪のないものなど、いない

朝4時に目が覚めて
過去の自分を見せられる
どの自分も嫌な、間違った選択をしている
利用したり
自分のものにしたかったり
自分の都合でものを捉えて
怠けて
ずるくて
欲しがっている
惨めで
悲惨で
絶望している

そんな自分とそんな自分と関わってくれた人達
どの景色も危うい
何年遡っても
どの時代にも酷い自分がいる

ああ、私はいくつからこうなってしまったのだろう
ああ、私はいくつからやり直すべきなのだろう

戻っても戻っても
酷い 嫌な 悲惨な 欲深い 利己的で
愚かで
罪深い自分が蘇る

私は流され、怠惰で、狡猾で、しがみつき、欲しがり
自分をなんとか幸せにしたくて必死だ

この世で最も罪深い存在は 私なのだなぁ 
罪深く愚かなのは 私なのだと
無意識の世界から
朝の光を受け取るまでの2時間

神がどれだけ許し愛し
回心した私を迎え入れ育んでくださったのかを
息苦しく堪え難い時間の中
見つける

聖書の
放蕩息子こそ
私なのです

人は変われる
人には時がある
その人が変わる為の必要な時が
その時を経て
その時が来て
その時に
人は変わる
神の御心によって
神の愛にようやく気づける





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