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心の中

少しずつ、でも確実に内的世界の旅を進めて、どのくらいたったのだろう。
12年?13年?
私の内側には色々な思想や教えや哲学が潜んでいる
特定の宗教にはなんの興味もないが、宗教学やそれぞれの神への考え方や、生死の捉え方、生きる為にこの世があるのか、死ぬ為にこの世を生きるのか?
昔々5000年以上前から人間達はそのようなことを考え、瞑想し、祈り、語り合い、時には知識で、時には直感で、時には祈りで、時には愛で、時には奉仕で、それぞれがそれぞれの悟りを開き、開けず、捉え、捉えられずを繰り返し
正しさを越えて、その時代や環境、時制や背景に属して姿を変え、進化し続けている。
その様な探求を懸命に行い人生そのものをかけて挑んだ人々を感じるのが、私は好きなのだと思う。

聖典にも様々存在するけれど、どれが正解な訳でもなく、どれが偽物な訳でもない。
キリスト教で言えば新約聖書、ユダヤ教で言えば旧約聖書、仏教はインドでは異端とされたけれど、多くの仏典を残している。ヒンドゥー教で言えばリグ・ヴェーダからギータに至るまで沢山残されている。
道教で言えばタオ、老子の教えも私にはとても心地良い。
なんだか、人間が懸命になんのために生をもらい何のために生き、死んでいくのか?そこに神の存在は必要なのか?無神論こそ真理なのか?それぞれの環境に置かれそれぞれの時代背景の中、懸命にそれらのことを命の全てをかけて考えたり、修行したり、探求した人が愛しい。

仕事だけで自分が見えなくなりそうな時、神様は時々自分本来に戻るよう導いてくれる。
今日も暑さを凌いで辿り着いた本屋さんで、古い私好みの本を買ってくれた。



癒される、読んでいると、ふぅ、と心が楽になる。
そして、強く湧いてくる
私は今世は、本当に自由なのだ。
自由に、好きに、勝手に、自己探求、神への道を進んで良いのだ。
そう思うとじーんと涙と喜びが湧いてくる。
師弟関係もなく、こだわりの経典も必要なく、多元的にこの世やあの世を見つめ感じることを許されている。
ただ一つ自分の人生に与えられた時間とエネルギーを用いて、試し、感じ、見つけて行けばよい。
ああ、なんて私は、私たちは、今の日本人は恵まれているのだろう。
教えさえも取捨選択させてもらえる自由な命を与えられているなんて。
今世の命そのものがご褒美です。
そう言われることがあるけれど、私にとって、神への道を自由に歩ける、これ以上の至福や恵はないと感謝しています。
愛と感謝を込めて



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